日本三大稲荷に数えられる茨城県笠間市の笠間稲荷神社

斎 行 日 時 間  祭 典 名
9月 15日 午後4時30分  中秋祭
22日 午前8時  秋季皇霊祭
22日 午後0時30分  小笠原流弓術奉納式


笠間稲荷神社の境内に祀られています月読神社(御祭神 月読尊(つきよみのみこと))のお祭である「中秋祭」が旧暦8月15日(新暦9月15日)に斎行されます。
 中秋の名月は十五夜と呼ばれ、古来、観月の好時節とされ、昔は月下に酒宴を張り、詩歌を詠じ、すすきを飾り、団子・里芋・枝豆・栗などを盛り、神酒を供えて月をながめて楽しみました。
 「中秋」とは旧8月を言い、旧暦では7・8・9月を秋とし、各々を初秋、中秋、晩秋と呼んだのに由来します。そして中秋15日の満月の日を特に中秋節といいました。
 中秋の名月を鑑賞する風俗は、平安時代、中国より伝わり貴族の間に取り入れられ、しだいに武士や町民へと広まっていきました。農民の間では農耕行事と結びついて、収穫の感謝祭としての意味を持っていました。中秋の名月は「芋名月」とも呼ばれますが、このことは里芋など芋類の収穫儀礼であった事に由来しています。
 こうして庶民の間で、年中行事として長く伝承されてきました。


小笠原流弓馬術礼法の起こりは、清和天皇の御代、約1100年前になります。当時はまだ小笠原姓は名乗っておらず、弓法を確立した事により源姓を賜り、将軍家(源氏)の弓術指南役となりました。承安4年(1174年)、天皇より小笠原号を賜り、以来、将軍家(源氏・足利・徳川)の師範としてその弓術を正しく現世に伝えています。
 今日、弓道の会合には矢渡し・射礼等が必ず行われますが、その射礼には大的式・百々手式・三三九手挟式などがあり、これらの儀式は室内での儀式として考えられたものであります。
 日本書紀によれば、天照大神の御孫神、第三代の尊神が下界日本国に降臨の時、この国の魔鬼を退治するため、天稚彦(あめわかひこ)という神に天鹿児弓(あまのかこゆみ)・天羽々矢(あまのはばや)を賜りて魔鬼を退けさせたといいます。この後、弓術は、「魔鬼を鎮め天下を泰平になす事、皆一張穹の勢たり」として武家社会に浸透しました。
 「草鹿式(くさじししき)」とは、鹿の形をした的に向かって神頭矢(じんとうや)と呼ばれる矢を放ち、その矢所(当たり所)を競うもので、的奉行、射手、大将等の間で、矢の善悪や射方等の問答が鎌倉言葉でやりとりされる厳かで優雅な弓の儀式です。(写真は「三三九手挟式」)