何ごとも、心が素直に表された形は自然で、また美しくもあり、私たちの共感を呼び起こすものです。
神社に参拝する場合、どうしても形にとらわれてしまい、終始形式的になりがちです。「二拝二拍手一拝」の作法がその基本形となっています。
そこに、どう心を込めるか、また込めたほうがよいのかは、参拝される皆さんの心の持ち様ではないでしょうか。
それがためには、具体的な形におけるそれぞれの作法の意味をわかっていただくことが重要です。
一人一人の作法はもとより、企業や団体で神社に参拝していただくに際しても、十分御参考になることと思います。
もちろん、祈りの心は個々に違っていて当然ですが、参拝とそれにかかわる作法について、その「形」の前提にある「心」をわかっていただければ幸いです。
※神社にお参りするときは、まず入口の鳥居のところで衣服を整え、浅く一礼をし、心をひき締めて、境内に入りましょう。
※他人の家へ入るときには、「ご免下さい」「お邪魔します」などと挨拶するのが常識であるのに、神様の鎮まります神社へは、何の御挨拶も申し上げずに、ズカズカと入るのはまことに失礼なことです。
神道は「心身の清浄」こそが最も大切なことです。
私たちの祖先は、神社にお参りをし、あるいは「お祭り」を奉仕して、御神威をいただくためには、先ず自ら「心身の清浄」につとめることを、必須の条件と考えていました。
私たちも参拝の前には、作法の一番目ともいうべき「手水」の励行をいたしましょう。
先ず「手水舎」の前に立ち、水盤に向かい、「心身の浄化」のために手水を行うことが最も大切です。その際、始めに汲み上げた水だけで手水の全行程を終えるのが本義になります。
※感染症拡大防止対策として、現在柄杓を撤去しております。流水にて手口をお清めください。
あらかじめハンカチや懐紙は、端をつまむ程度でとれるようにしておくと良いでしょう。
今日、神社での参拝作法は、二拝二拍手一拝を基本としていますが、神社によって特殊な拝礼作法を行っているところもあります。
拍手は柏のように両手の指を揃えて打ち合わせるので、一般には柏手を打つなどいわれています。今でも嬉しい時、たたえる時に拍手をします。神前で打つ拍手も、神様の誠の心を捧げ御蔭をいただいていることに心から感謝して打つもので、神社参拝において、心を一つにして祈り、且つ感謝の意を表したいものです。
「拝」と言うのは体を伏せて深く一礼することを言います。頭を下げるのではなく、腰で上体を倒していくのがポイントです。今日では敬礼作法の1つとして行われていますが、普段の生活の中でも、感動や感謝の表現として、無意識のうちに行われています。
また、御祈祷の前には修祓を受けます。修祓は、神様の前に進むときに心身を清める儀式です。上体を軽く伏せて、静かに受けましょう。
神社で祈願するとき、またいろいろなお祭りを行うときに、神様に玉串という榊の枝を捧げます。玉串は、みずみずしい榊の枝に木綿、紙垂といわれる麻や紙を取り付けたものです。
私たちの祖先は遠い昔から、榊に神々を招き、また神前に榊を供えてお祭りを行ってきました。神話にも見えるこうした神祭りの心は、玉串を捧げるという作法にも受け継がれています。
私たちは、神前に進み、玉串を通して自らの誠の心を捧げるとともに、神様の御蔭をいただくのです。
玉串を神職より受けたときは、右手の甲を上にして玉串の根元の方を持ち、左手は玉串の中程を手のひらで支えるようにして添えます。その際、胸の高さで、やや左高にして、軽く肘を張って持ちます。
玉串を神様へ捧げるときは、まごころをこめ丁寧に捧げましょう。